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わが家は代々市北にて旅籠兼茶屋を生業とし、小生の代になりローソクを製造販売する事になりました。
あかりのことを江戸時代まではあかしと称し、あかりの代表的なものが当時貴重品であった蝋燭だったのでローソクのことをあかしと呼称したのです。
城下町である当市にも蝋燭町という職人町がありましたが人々は皆あがす町と山形訛りで呼んだのです。
22年ほど前よりこの風雅の地に佇む自宅を独占してはバチが当たるように思ったものですから本業に因んで蝋燭庵と名付け、先祖の生業であった手打ちそば処として皆様に解放した次第です。この想いを充分お含みの上ご愛顧下さい。